選挙で選ばれた政治家が政策決定をするという意味での民主主義に対する失望や嫌悪は日本をはじめいろいろな国で聞かれます。しかし民主主義体制が世界の潮流となった現在、この政治のしくみをなんとかうまく使いこなすためのヒントを、「べき論」ではなく、比較政治学を中心とした社会科学における実証分析の蓄積から掘り出してきて一般の人に紹介しよう、というのがこのブログのねらいです。(1ヶ月に1回を目安に更新します)

2015年1月17日土曜日

若者が投票にいくと何か変わるの?


 最近の日本の選挙では、投票率の低下、とくに若者の間での投票率の低下が「なげかわしい」こととしてよく語られます。若年層が投票にいかないから政治家は(ちゃんと投票にいく)老人むけの政策を優先するんだ、という話のつなげ方もよく聞かれます。しかし、それまで投票にいかなかった有権者層が実際に投票するとなにか実質的な変化があるかどうかについては、実はあまりよくわかっていません(なので、日本では者は投票にいく「べき」であという規範的議論で終わってしっている感があります)。そんななかで、トーマス・フジワラの研究はブラジルを事例に投票参加の変化が実際の政策にかなりの違いをもたらすことを示しています。
 ことの始まりは、投票方式の変化でした。ブラル政府は1990年代に、それまでの候補者の名前を紙に書く方式から、電子投票器械を導入て候補者の写真をみながらボタンを押す方式に変えました。選挙運営コストの低下が新方式導入の主な目的ではあったのですが、これに伴い、規定どおりに記入されていない場合にはエラー・メッセージがでて知らせてくれるようになりました。このため、無効票が激減しました。というのも、当時ブラジルでは読み書きが十分にできない人が成人の約20%を占めていて、紙に記入する方式ではこうした有権者の投票を無効票にしてしまうことが多かったのですが、器械を利用することで間違った記入をした場合にはエラーがでるので、正しく記入できるようになったためです。これは、投票率が10%程度上昇することにつながりました。実質的には、貧しい人たちの投票がカウントされる形での投票率上昇です。
 フジワラの研究では、このような投票率上昇がどのような変化をもたらしたのかを州レベルの政治で分析しています。まず、貧困層や労働者を支持基盤とする左派政党の候補者がより多く当選するようになりました。(おそらく)その結果、貧困層にとって特に重要な保健衛生分野の公的支出が増加し、さらには貧しい母親から生まれる乳児の体重の増加にもつながりました。ブラジルの事例がどこまで他の国の状況に当てはまるのかは議論の余地がありますが、少なくとも、それまで投票しなかった層の投票がカウントされることで、政策そのものも変化する可能性は高いといえます。

Fujiwara, Thomas (forthcoming) “Voting technology, political responsiveness, and infant health: evidence from Brazil,” Econometrica.