選挙で選ばれた政治家が政策決定をするという意味での民主主義に対する失望や嫌悪は日本をはじめいろいろな国で聞かれます。しかし民主主義体制が世界の潮流となった現在、この政治のしくみをなんとかうまく使いこなすためのヒントを、「べき論」ではなく、比較政治学を中心とした社会科学における実証分析の蓄積から掘り出してきて一般の人に紹介しよう、というのがこのブログのねらいです。(1ヶ月に1回を目安に更新します)

2015年12月31日木曜日

憲法改正過程と民主主義の質



 201412の衆院選では、連立与党(自民・公明)が3分の2上の議席を獲得しました20167月の参院選でも与党が3分の2以上の議席をするとしたら、憲法改正が実現するかもしれません。というのも、憲96条では、憲法改正は両院の総議員3分の2以上の賛成で国会が発議でき、国民投票における過半数の賛成で可能であると規定しているからです。与党自民党は、憲法改正を結党以来党の使命」と掲げ、2012には憲法改正案を公式に発表しおり、改正に対し「やる気満々」のようです。自民党改正案に盛り込まれた内容が「ヤバイ」と政治ウォッチャーの間で話題になっていますが、今回は、改正内容ではなく、日本の憲法改正過程の特徴について、比較の観点ら考えてみたいと思います。 
 アイゼンシュタットらの研究は、憲法を制定する過程におる市民参加の程度の違いが、その後の民主主義の質に影響を与えることを1974年から2011年の期間に新しく憲法を制定した国118カ国(138憲法)を対象に分析しています。
 彼らの分析枠組みを表1に示しました。横軸は、憲法制定過程を(1)草案作成、(2)討議、(3)批准の3段階に分けています。縦軸は各段階においてどの程度市民の参加があるかを問題にしていて、最も市民参加の程度の低い「エリート主導型」、中程度の「中間型」、最も市民が参加する「市民参加型」に分けられます。例えば、ミャンマーの2008年憲法制定の過程はいずれの段階においてもエリート(軍)主導でしたし、南アフリカにおける1996年憲法はどの段階においても「市民参加型」でした。

表1 市民参加の程度でみた憲法改制定過程の類型


制定過程の諸段階

草案作成
討議
批准
市民参加の程度
エリート主導型
首相・大統領が任命した委員または与党による作成
エリートによる討議 / 非公開の討議
国民投票なし
中間型
議会内で作成 / エリートによる強い影響
エリートによる討議 / 討議は公開されていても市民の影響力なし
操作された国民投票による批准/ 間接的な批准
市民参加型
体系的な市民からのインプット/作成過程が一般公開/ 草案作成のために選ばれた委員による作成
討議は公開されている/ 市民の意見の草案への反映
自由で公正な国民投票による批准
出所:Eisenstadt et al. 2015をもとに筆者作成。

 アイゼンシュタットらは分析対象となっている138の憲法を統計的に分析し、制定過程において市民の参加の程度が高いほど、その後の民主主義の質が向上するという全体的な傾向を報告しています。また、民主主義の質を向上させるにあたって特に重要なのが、草案作成段階における市民参加の程度であると指摘しています。言い換えると、市民参加型の草案作成過程がその後の民主主義の質向上に与える影響は、ほかの過程(討議・批准)よりも非常に重要である、ということです。
 彼らの分析対象は主に「第3の波」で民主化した新興民主主義国なので、その分析結果をそのまま(ある程度民主主義が定着している)日本に応用するのは無理があるかも知れません。それでもあえて、日本の憲法改正過程を彼らの枠組みに当てはめて考えると、草案作成段階はエリート主導型または中間型、討議・批准段階は間型または市民参加型となります。草案作成過程において市民の広い参加がない、言い換えると、議会における多数派政党の意向が強く反映されるということは、新憲法のもとでの民主主義の質が危ぶまれる、ということになります。現行憲法のもとでは与党が発議することは正統な手続きではありますが、自民党案が広く市民に認知され、市民の声が草案に反映されるよう求めていくことは(もしも憲法改正するのであれば)非常に重要だといえるでしょう。

[出典] Eisenstadt, Todd A., A. Carl LeVan, and Tofigh Maboudi (2015) “When Talk Trumps Text: The Democratizing Effects of Deliberation during Constitution-Making, 1974–2011,” American Political Science Review 109-3: 592-612.