選挙で選ばれた政治家が政策決定をするという意味での民主主義に対する失望や嫌悪は日本をはじめいろいろな国で聞かれます。しかし民主主義体制が世界の潮流となった現在、この政治のしくみをなんとかうまく使いこなすためのヒントを、「べき論」ではなく、比較政治学を中心とした社会科学における実証分析の蓄積から掘り出してきて一般の人に紹介しよう、というのがこのブログのねらいです。(1ヶ月に1回を目安に更新します)

2015年1月30日金曜日

女性クオータ(議席割当て)制度って効果あるの?




 2014年の時点では、110カ国でなんらかの種類の女性クオータ制度が導入されています[1]。日本でもクオータ制を採用して女性議員の数を増やそうという声は高まりつつあり、たとえば20151の民主党代表選挙では、岡田、細野、長妻3人の候補すべてが「女性クオータ制の導入」を公約に掲げていました。
 クオータ制度が語られる際、原理原則を前面にだす「べき論」になりがちで、この制度の導入がどの程度実際の政治に変化をもたらすのかについての実証的な分析は、実は非常に手薄です。よく聞かれる「べき論」としては、「男女平等」や「多様性の確保」の観点からクオータ制度は必要だ、というのもがあります。実証的な観点からは、例えば、女性政治家が増えると、その存在が他の女性の「ロール・モデル」となり、女性一般の政治参加がより増える傾向にあることが報告されたりしています。でもこうした実証研究は「女性議員の存在」と「クオータ制度の存在」を分けて分析していないことがほとんどで、クオータ制度そのものの効果がどの程度なのかがはっきりわかりません(つまり、クオータ制度によって当選した女性議員と、一般の選挙戦を勝ち抜いた女性議員のもたらす効果の区別が分析上できていない、という意味です)。また、クオータ制導入前と導入後の政治的インパクトの比較をしても、制度の導入そのものが女性運動などの強い求めによるものの場合、導入後の変化は制度変化によるものではなく、そもそも女性運動が盛り上がっているからということになってしまい、因果関係がはっきりしません[2]
 こうしたなか、クオータ制度そのものの効果を分析しているのがロリ・ビーマンらの研究です。彼女たちは、インドの西ベンガル州において、村長職と村議会議員の3分の1を女性のみが選挙戦に参入できるよう割当てる州法が1998年に成立したことをうけ、この制度のもとでおこなわれた1998, 2003, 2008年の選挙を分析しています(どの村の村長職と村議会議員議席が女性に割り当てられるかは無作為に決められます)。分析の結果、村長職に女性クオータが2回続けて当たった村では、それが一度もなかった村に比べ、女性の村議会議員選挙への立候補者数、そして当選者数が約2倍になりました。また、村長選挙(これは村議会から選ばれます)においても、2008年選挙の時点でそれまで一度もクオータに当たらなかった村のあいだでの女性村長の割合は11%だったのに対し、2回ともクオータに当たった村での女性村長の割合は18.5%に増えていました。要するに、クオータ制度は、(クオータ適用により女性政治家を増やすことは当然ですが)それがなくなったあとでも女性の政治進出を増やす効果があることがわかります。
 また、ビーマンらの研究では上のような変化がなぜ・どのようにおこったのかも検討しています。村人へのアンケート調査や実験を通じてわかったことは、まず、ある人が「男性の政治家のほうが望ましい」という嗜好(好み・テースト)をもともと持っている場合、自分の村で女性政治家が活動してもしなくてもその嗜好に変化はみられませんでした。しかし、「女性の政治家のほうが能力で劣る」という評価に関しては、クオータ制度で女性の政治家がでてくることにより、そのような判断をしなくなる傾向がみられました。ビーマンらは、クオータ制度の導入によって女性政治家が増えることで、女性政治家一般の能力に関する村人の態度が変化し、さらには女性に対する投票の増大や政治家をめざす女性の増加につながった、と分析しています。 
 クオータは短期的には女性の政治離れをもたらすという分析結果もありますが[3]、西ベンガル州の事例からは、クオータ制度は時間の経過とともに女性の政治参加を促す効果があることがわかります。また、日本におけるクオータ制度の導入は、国政レベルだけでなく地方自治体レベルでも検討する価値があることをこの事例は示しているように思います。 


[出典] Beaman, L., Chattopadhyay, R., Duflo, E., Pande, R., & Topalova, P. (2009) “Powerful Women: Does Exposure Reduce Bias?” Quarterly Journal of Economics, 124-4: 1497-1540. 



[1] Clayton, Amanda. "Women’s Political Engagement Under Quota-Mandated Female Representation Evidence From a Randomized Policy Experiment." Comparative Political Studies, forthcoming (DOI: 0010414014548104).

[2]例外として、Beaman, L., Duflo, E., Pande, R., & Topalova, P. (2012) “Female leadership raises aspirations and educational attainment for girls: A policy experiment in India,” Science, 335, 582-586.




[3] Clayton, forthcoming.


2015年1月17日土曜日

自分の選挙区の政治家の名前、言えますか?


 自分の居住する選挙区から選出されている衆議院議員、参議院議員の名前を言えますか?もし言えないとしたら、それはあなたが政治に興味をもっていないからではなく、メディアのあり方のせいかもしれません。アメリカで発行される新聞の約90%が(全国紙ではなく)地方紙であることを利用してこの点を検証しているのが、シュナイダーとストロムバーグの研究です。
 彼らが着目するのは、選挙区の境界と地方紙がカバーする領域が選挙区によって違っている点です。例えば、選挙区1の有権者のほとんどが地方紙Aを購読しているのに対し、選挙区2の有権者の間では、地方紙B, C, Dなど居住地域ごとに違った新聞をとっている、という状況です。ここではとりあえず前者を「一致選挙区」、後者を「不一致選挙区」と呼んで話を進めましょう。シュナイダーとストロムバーグが1992年から2002年のデータを使って分析したところ、不一致選挙区の有権者に比べると、一致選挙区の有権者は、自分の選挙区の下院議員の名前を知っている割合、また、その議員に対してなんらかの意見(評価)をもっている割合が高い傾向にあることがわかりました。これは、同じ程度に政治に関心がなくても、新聞の報道のしかた次第で政治に関する知識が増えることを示しています。
 議員レベルの行動をみると、一致選挙区から選出されている議員のほうが、その選挙区の利益に関わる議会内委員会のメンバーになっている場合が多く、また、党の方針と地元の利益が異なる場合には、議会で投票する際に地元利益を優先した投票をしやすい、という結果も得られています。要するに、地元有権者がより多くの情報をメディアから得ていることを知っている政治家は、選挙区のためによりよく働く、ということになります。
 日本人は政治のことを知らないし興味がない、と断じる前に、メディアによる政治報道が有権者にとって身近なものになっているかどうかを検討する必要があるのかも。

(出典)Snyder Jr, James M., and David Strömberg (2010) “Press Coverage and Political Accountability,” Journal of Political Economy, 118-2: 355-408. 

若者が投票にいくと何か変わるの?


 最近の日本の選挙では、投票率の低下、とくに若者の間での投票率の低下が「なげかわしい」こととしてよく語られます。若年層が投票にいかないから政治家は(ちゃんと投票にいく)老人むけの政策を優先するんだ、という話のつなげ方もよく聞かれます。しかし、それまで投票にいかなかった有権者層が実際に投票するとなにか実質的な変化があるかどうかについては、実はあまりよくわかっていません(なので、日本では者は投票にいく「べき」であという規範的議論で終わってしっている感があります)。そんななかで、トーマス・フジワラの研究はブラジルを事例に投票参加の変化が実際の政策にかなりの違いをもたらすことを示しています。
 ことの始まりは、投票方式の変化でした。ブラル政府は1990年代に、それまでの候補者の名前を紙に書く方式から、電子投票器械を導入て候補者の写真をみながらボタンを押す方式に変えました。選挙運営コストの低下が新方式導入の主な目的ではあったのですが、これに伴い、規定どおりに記入されていない場合にはエラー・メッセージがでて知らせてくれるようになりました。このため、無効票が激減しました。というのも、当時ブラジルでは読み書きが十分にできない人が成人の約20%を占めていて、紙に記入する方式ではこうした有権者の投票を無効票にしてしまうことが多かったのですが、器械を利用することで間違った記入をした場合にはエラーがでるので、正しく記入できるようになったためです。これは、投票率が10%程度上昇することにつながりました。実質的には、貧しい人たちの投票がカウントされる形での投票率上昇です。
 フジワラの研究では、このような投票率上昇がどのような変化をもたらしたのかを州レベルの政治で分析しています。まず、貧困層や労働者を支持基盤とする左派政党の候補者がより多く当選するようになりました。(おそらく)その結果、貧困層にとって特に重要な保健衛生分野の公的支出が増加し、さらには貧しい母親から生まれる乳児の体重の増加にもつながりました。ブラジルの事例がどこまで他の国の状況に当てはまるのかは議論の余地がありますが、少なくとも、それまで投票しなかった層の投票がカウントされることで、政策そのものも変化する可能性は高いといえます。

Fujiwara, Thomas (forthcoming) “Voting technology, political responsiveness, and infant health: evidence from Brazil,” Econometrica.

選挙制度のスイートスポット?


 理想的な選挙制度ってあるんでしょうか?現在、小選挙区制と比例代表制(および日本の衆議院での選挙制度のような、両者の混合形態)が世界で使われている選挙制度の主なものです。小選挙区制は、1つの選挙区から相対的に多数の票を獲得した候補が1人だけ当選する制度、比例代表制は、1つの選挙区から複数の当選者をだし、政党に対し獲得した票の割合に比例して議席が配分される制度です。
 この2つのうちどちらを「良い」と思うかは、選挙制度によって何を実現したいのかにより異なります。実現したい目的としては、「代表」と「責任所在の明確さ(アカウンタビリティ)」の2つが一般的で、またこの2つはトレードオフ(二項背の関係にあるといわれていま。小選挙区制は比例代表制に比ると、責任所在の明確な政治になりますが、有権者の意見の代表という点では比例代表制には劣ります。一方で、比例代表制では政治の責任所在が小選挙区制の場合よりもわかりにくくなりがちですが、代表という観点からすぐれています。
 具体的には、こういうことです。小選挙区制のもとでは、例え2候補がいてそれぞれ51%と49%の得票だったら、51%をとった候補が当選しますが49%の票は(当選候補に回らなかったという意味で)「死票」となってしまいます。比例代表制の場合には複数の候補が当選するので、死票の割合は小選挙区制よりも少なくなります。死票が少ないということは、より多くの有権者の票が当選議員に回っているということなので、比例代表制のほうが有権者の意見をよりよく反映できる、「代表の程度がより高い」選挙制度といえます。一方で、比例代表制の場合には議席を得る政党の数が多くなりやすいので連立内閣が形成されることが多く、政治運営の責任がどの政党にあるのか有権者にとってはみえにくくなります。この点、小選挙区制の場合は二大政党制になりやすく(1)、そうすると内閣の構成も単独の政党のみになることが多いので、「責任の所在がより明確」な選挙制度といえます。
 要するに、選挙制度というのは「あちらをたてればこちらがたたず」という状況のなかで選択をしなければならない、というのが通説だったのですが、テニスやゴルフでボールを打つのに最適な場所を意味する「スイートスポット」が選挙制度にもある、という主張をしているのがジョン・キャリーとサイモン・ヒックスの研究です。彼らは、実証分析(2)をもとに、1つの選挙区から4人から8人程度の候補者が当選するタイプの比例代表制がその「スポット」だと主張しています。この場合、死票はある程度少なくなる一方で、政党の極端な多党化もおこらないので連立内閣に参加する政党の数もそれほど多くならず、責任の所在がある程度明確です。また、政府の財政赤字や国民が受けることのできる公共サービスのレベルでみても、このタイプの選挙制度のほうが小選挙区制・当選候補者数の多い比例代表制よりも優れている結果となっています。ひとつの選挙区からの当選者数は多すぎず少なすぎずという設定で票は比例的に議席に換算、というのが落としどころのようです。

(1) 小選挙区制では死票が多いことと、自分の票が死票となることをきらう有権者は上位1位、2位の政党以外には投票しなくなることの2つの要因でこのような効果があるといわれています。政治学では「デュベルジェの法則」と呼ばれます。
(2) 1945年から2006年までの81カ国における610回の選挙を対象に統計的な分析をしています。

出典
Carey, John M., and Simon Hix (2011) “The Electoral Sweet Spot: LowMagnitude Proportional Electoral Systems,” American Journal of Political Science, 55-2: 383-397.