選挙で選ばれた政治家が政策決定をするという意味での民主主義に対する失望や嫌悪は日本をはじめいろいろな国で聞かれます。しかし民主主義体制が世界の潮流となった現在、この政治のしくみをなんとかうまく使いこなすためのヒントを、「べき論」ではなく、比較政治学を中心とした社会科学における実証分析の蓄積から掘り出してきて一般の人に紹介しよう、というのがこのブログのねらいです。(1ヶ月に1回を目安に更新します)

2015年3月28日土曜日

国会議員は増やしたほうがいいのか、減らしたほうがいいのか?


 201412月の衆議院選挙での争点のひとつは、国会議員の定数削減でした。現在の475人(小選挙区295人・比例代表180人)という衆議院の定数に関し、自民・公明はどっちつかずの態度でしたが、民主、次世代、生活、維新の各党は削減を主張し、また、社民・共産は削減反対の立場をとっていました。こうした政策立場の違いは、削減に賛成した政党の得票率上昇、反対した政党の得票率低下を数パーセントのレベルで招いた、という分析もあります[1]
 一般有権者は定数削減を「よいこと」と考えているようですが、議員の数が減ることは実際に何かよい結果をもたらすのでしょうか?この点に関して、古典的な見解では、議員数が増えるとその分自分の選挙区に利益誘導しようとする政治家が増えるので、政府の規模が肥大化してしまう(なので定数は減らしたほうがよい)、という説があります[2]
 しかし、実際には議員定数と政府の予算規模との関係は逆だった(定数が多いほど政府規模の肥大化は防げる)ということをフィンランドとスウェーデンの地方政府を分析したペターソン=リドボムの研究は示しています[3]。彼はまた、フィンランドのデータを用い、議員定数が増えると日常業務に必要な経常費は低下するものの、土地・建物などにあてられる資本支出には影響がないと報告しています。これは、議員数が増えても(古典的見解が想定するような)利益誘導型の公共事業は増えず、一方で、公務員の仕事量は減っていることを意味します。この背景にあるメカニズムとして、議員が増えると公務員の活動をよりよくモニタリング(監視)できるようになり、公務員による(往々にして無駄な)予算拡大要求を抑えるため、結果として政府の財政規模が小さくなるのではないか、とペターソン=リドボムは分析しています。
 国際的にみて、日本の下院議会(衆議院)の定数は国の人口規模を考慮に入れると少ないことが知られています。2012年のデータでは、人口10万人当たりの総議員定数は0.57人で、これはOECD加盟国34ヶ国中33位とアメリカの0.17 人に次いで低い値です[4]。このような、国際比較でみた議員数の少なさや、ペターソン=リドボムの研究結果から考えると、衆議院の議員定数は増やす方向で議論したほうがよいのではないでしょうか? 

[出典]Pettersson-Lidbom, Per (2012) “Does the size of the legislature affect the size of government? Evidence from two natural experiments,” Journal of Public Economics, 96-3: 269-278.


[1] http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20141218/275309/
[2] Weingast, Barry R., Kenneth A. Shepsle, and Christopher Johnsen (1981)"The political economy of benefits and costs: A neoclassical approach to distributive politics," The Journal of Political Economy, 89-4: 642-664. 
[3]両国での地方議会は、議員定数が法律で人口に応じて決められているため、「予算規模を増やしたいがために議席数を増やす」という逆の因果関係の存在を除外したうえで議員数が政府規模に与える影響を推定できる、素晴らしい事例といえます。
[4] http://www.sangiin.go.jp/japanese/kaigijoho/kentoukai/pdf/senkyoseido-houkoku-n.pdf (26ページ)

2015年3月16日月曜日

投票の「やもめ効果」— やっぱり「つながって」いると投票率が上がるみたいですね





 ヘルス・リサーチの分野では、奥さんに先立たれた旦那さんは(奥さんとずっと一緒に暮らしている男性に比べると)早死にしやすいけど、旦那さんに先立たされた女性は(旦那さんとずっと一緒に暮らしている奥さんよりも)長生きする傾向があることが知られていますよね。投票行動研究の分野でも、配偶者がいるほうが(独身の人よりも)投票にいく傾向があることは1960年代から知られていました。しかし、それがどのようなメカニズムでおこるのか、という点については複数の説がありました。例えば、結婚することそのものが責任感をもつことにつながり投票行動に影響する(制度説)、夫婦で政治関連のニュースを話題にすることが政治的関心を育てるために投票にいく傾向が生まれる(対話説)、そして、結婚が「対人的つながり」をつくり、配偶者が投票にいくことで自分も一緒にいくようになる(動員説)、などです。

 このメカニズムの解明に切り込んでいるのがホッブス、クリスタキス、ファウラーの研究です。彼らは、2009年・2010年にあったカリフォルニア州でのいくつかの選挙データを利用し、選挙の前後1年間の間に配偶者をなくした6万人をピックアップして分析しました[1]。結論からいうと、配偶者がいることによる投票率上昇の背景にあるメカニズムは、「動員説」のようなのですが、いくつかの興味深い分析結果がでています。全体としては、配偶者を亡くした人のうち11%は、それまで投票にいっていたのにいかなくなってしまいます。また、より頻繁に投票にいっていたほうの配偶者がなくなると、残されたほうは(動員してくれる人がいなくなったため)以前よりも投票にいかなくなってしまいます。さらに、配偶者以外の家族と一緒に住んでいる場合のほうが、一人暮らしになってしまった人よりも早く元の投票レベルに戻ります。
 この研究は、直接的には、やもめになってしまうと対人的、社会的な「つながり」が失われ、それが投票にいくモチベーションを下げる「やもめ効果」を指摘しています。もうちょっと一般化すると、「やもめ」をはじめとした一人暮らしの人が増える昨今、投票率向上の鍵は、投票に一緒にいこうよと動員できるほどに強い社会的なつながりをどうつくっていくのかであるといえそうです。

[出典] Hobbs, William R., Nicholas A. Christakis, and James H. Fowler (2014) “Widowhood Effects in Voter Participation,” American Journal of Political Science, 58-1: 1-16.



[1] マッチング手法という擬似実験手法を利用しています。