選挙で選ばれた政治家が政策決定をするという意味での民主主義に対する失望や嫌悪は日本をはじめいろいろな国で聞かれます。しかし民主主義体制が世界の潮流となった現在、この政治のしくみをなんとかうまく使いこなすためのヒントを、「べき論」ではなく、比較政治学を中心とした社会科学における実証分析の蓄積から掘り出してきて一般の人に紹介しよう、というのがこのブログのねらいです。(1ヶ月に1回を目安に更新します)

2015年10月29日木曜日

日本での投票率低下を説明する「ちょっと以外な」理由







最近の日本の選挙は投票率が低くて「嘆かわしいという声がいろんなことろで聞かれます。投票率低下は特に1990年頃から顕著になったようで、90年代後半からは、公職選挙法を改正しての不在者投票の簡便化や投票時間を午後8まで延長するなどの対応がとられています。とはいえ、そもそもなぜ投票率が下がるようになったのでしょうか? その理由はもちろん一つではないのでしょうが、「えっ、そ」というような事実を暴いてれているのが大阪大学の松林哲さんの最近の研究です。

下の図は、衆議選挙における有権者一人あたりの投票所数と、投票時間の変更を行った投票所割合との推移を1960年代から最近までの期間について示しています。ここから、1960 には 有権者1 万人につき8つ投票所設けられていたものが、2010 年頃に 5程度に減っていること、また、規定の投票終了時間よりも前に投票を締め切っている投票所の割合が2000年頃を境に10%程度から35%程度に増加していることがわかります(2めの図の軸ラベルは「投票時間の繰上げ・繰り下げをおこなった投票所」とありますが、実際には繰上げ(時間短縮)をし場合がほとのようです)


林さんの分析では、2005 年、2009 年、2012 の衆院選での34 都府県 1152 市町村(全市町村の66%)を対象に回帰分析をおこなった結果、有権者 1 万人あたりの投票所数が1つ減るに従い投票率が 0.17%ポイント下落すること、また、投票時間の短縮では2時間だと 0.9%ポイント、3 時間だと 5.4%ポイント、4時間短縮の場合には16.5%ポイント投票率がそれぞれ下落する傾向にあることが報告されています。投票時間短縮に関しては、公職選挙法改正にともなって1998年選挙以降に投票締め切り時間がそれまでの午後6時から午後8時に延長されたのですが、実際には午後6時や7時で閉鎖している自治体が増加していることを反映しています。要するに、日本の選挙で投票率が低下し続けている背景には、投票所数自体の減少と、投票日当日における投票所閉鎖時間を法律上は延長したものの実際には繰上げて早く締め切っている自治体が増加していることが背景にあるようです。

投票所閉鎖時間の繰上げは地方自治体の独自判断でおこなわれているらしく[1]、また、投票所数自体の減少は(通常会場として使用されている)小学校数の減少によるものではないかという指摘がありますが[2]、実際のところなぜこうした変化がおこっているのかはよくわかっていません。とはいえ、投票率を向上させる施策を検討する際には、これらの点もふまえた投票コストを下げる方法が有効であることは間違いなさそうです。


[出典] 松林哲也 「投票環境と投票率」, ワーキングペーパー,  2015.


[1] http://www.sankei.com/west/news/141212/wst1412120050-n1.html
[2] 「比較政治セミナー」(慶應大学において2015103日開催)における参加者からの指摘。