選挙で選ばれた政治家が政策決定をするという意味での民主主義に対する失望や嫌悪は日本をはじめいろいろな国で聞かれます。しかし民主主義体制が世界の潮流となった現在、この政治のしくみをなんとかうまく使いこなすためのヒントを、「べき論」ではなく、比較政治学を中心とした社会科学における実証分析の蓄積から掘り出してきて一般の人に紹介しよう、というのがこのブログのねらいです。(1ヶ月に1回を目安に更新します)

2015年7月16日木曜日

「◯◯ランキング」とガバナンス


 巷には、レストラン、大学、会社など、ありとあらゆることに関するランキング情報が存在します。「ふーん、そうなんだ」で終わってしまいがちなこうした情報ですが、国家の政策に影響を与えている場合もある、というのが今回紹介する研究です。
 国際的なレベルでのモニタリタリング活動に関するジュディス・ケリーとベス・シモンズの研究は、指標化(数値化)を伴った序列づけのある情報(要するに、ランキング)の重要性をしています。ランキングの一的な役割としては、複雑な情報単純化して瞬時に理解できるようにする、他の個体との比較や同じ個体での時間的な比較が可能になる、などがあります。国レベルでの政策や政治状況に関するランキングの場合では、次のような効果をもたらすと彼女ら指摘しています。第1に、ランキングが低いと国内の市民団体や財界などが政治家に働きかけ状況の改善を促すロビー活動がおこる。また政治家は、そのような働きかけを見越して(ロビー活動が起こる前に)ランキング改善しようと努力する。第2に、ランキングで低く評価された分野の政策担当者は国内や国外からの非難にさらされるので、状況を改善しようという行動につながる。こうした効果は、例えば「アベノミクス」においてもみられます。世界銀行が2002年から毎年だしている「ビジネス環境ランキング」において日本の評価が下がり続けていることに対し(2015年の評価ではOECD中19位)、安倍首相が「2020年までに先進国中3位に入ること」を目標に掲げて様々な働きかけをしています。ケリーとシモンズの研究は、このような事例を個々に取り上げるのではなく、統計的に国際ランキンングの政策効果を分析しています。
 彼女たちが注目するのは、アメリカ政府が毎年発行する「人身売買レポート」での国際ランキングです。同レポートは、アメリカ議会で2000年に成立した「人身売買・暴力の犠牲者のための保護法」をうけ、同法に明示された人身売買からの保護の基準を世界各国がどの程度満たしているかを国務省が調査し、まとめたものです。彼女たちの分析では、このレポートで調査対象国となること自体、そうでない場合に比べて人身売買を非合法化する確率が3倍程度増加しています。また、このレポートで「ウォッチリスト(基準を満たしていないかもしれない)国」にランキングが下がると、(変化がなかった場合に比べ)その数年後以内に人身売買を非合法化する確率が2倍程度になるとのことです。 
 国際比較ランキングの効果に関しては、実施団体や対象とする問題の性質による効果の違いなど、詳細に検討されるべき点はまだまだ多いですが、比較的低コストで効果が期待できるガバナンス向上のためのツールとして、今後もっと活用できそうですね。

[出典] Kelley, Judith G., and Beth A. Simmons (2015) “Politics by number: indicators as social pressure in international relations.” American Journal of Political Science 59-1: 55-70.

2015年7月1日水曜日

リーダーに対するモニタリングは逆効果?


 公共セクターのリーダー(政治家やキャリア官僚)にしっかり働いてもらうには、市民やマスメディアによるモニタリング(監視)が重要だとよくいわれます。また、モニタリングにおおむねポジティブな効果があることは、多くの実証研究がすでに示しています[1]。とはいえ、モニタリングがどのようなメカニズムでリーダーのパフォーマンス向上、ひいては公共サービスのよりよい提供につながるのか、また、どのようなレベルやフォーム(形式)でのモニタリングが適切なのか、という点に関してはいまだに解っていないことが多いです。
 グロスマンとハンの研究は、ウガンダの農民組を対象に、リーダーに対するモタリングの役割について分析しています。ウガンダでは、2000年代に全国で200程度形成の農民組合が形成され、各組合のリーダーはメンバーである農民の間から立候補・選挙を経て選ばれる、という「民主主義的な」構造をといました。彼らはこのうち50の組合におてサーベイ調査をおこない、リーダーの能力モニタリングの程度、共同体全体へのサービスの提供[2]、などを測定しています。彼らの主な発見は、リーダーの能力が高いと、平均的には組合全体の運営がうまくいき良いサービスが提供される傾向あるものの、会計監査等のモニタリングの程度が高く設定されている場合には、有能な人材がそもそもリーダーに候補しないがある、という点です。これまでの研究では、モニタリングの役割としてリーダーの職権濫用ぐという点ばかりが注目されていたのですが、モニタリングの存在は有能な人材がリーダーに就任する前の参入の段階でも影響することをこの研究は示しています。あわせて、民間セクターにもっと魅力的な雇用機会(報酬)がある場合も、有能な人材が組合のリーダーに参入しない傾向があることも報告されています。
 最近の日本では政治家やキャリア官僚によい人材が集まらない、という嘆き節がよく聞かれますが、その解決策としては、「ゆきすぎた」監視をしない、民間セクターに匹敵するレベルの報酬体系を提供する、といった点がこの研究の示唆するところといえるでしょう。特に、政治エリートに対するモニタリングを適切なレベルやフォームで設定するという問題は、今後もっと検討されるべき重要な研究課題だと思います。

[出典] Grossman, Guy, and W. Walker Hanlon (2014) “Do better monitoring institutions increase leadership quality in community organizations? Evidence from Uganda,” American Journal of Political Science 58-3: 669-686.



[1]  有名な論文としては、Besley and Burgess (2002) “The Political Economy of Government Responsiveness: Theory and Evidence from India,” The Quarterly Journal of Economics 117-4: 1415-1451.など。
[2] 組合メンバーがどの程度組合を通じて自分の農産物(コーヒー)を市場にだしたか、を指標として測定しています。この割合が高いほど、組合がメンバーにとっての公共財として機能している、という見立てからです。