選挙で選ばれた政治家が政策決定をするという意味での民主主義に対する失望や嫌悪は日本をはじめいろいろな国で聞かれます。しかし民主主義体制が世界の潮流となった現在、この政治のしくみをなんとかうまく使いこなすためのヒントを、「べき論」ではなく、比較政治学を中心とした社会科学における実証分析の蓄積から掘り出してきて一般の人に紹介しよう、というのがこのブログのねらいです。(1ヶ月に1回を目安に更新します)

2015年7月1日水曜日

リーダーに対するモニタリングは逆効果?


 公共セクターのリーダー(政治家やキャリア官僚)にしっかり働いてもらうには、市民やマスメディアによるモニタリング(監視)が重要だとよくいわれます。また、モニタリングにおおむねポジティブな効果があることは、多くの実証研究がすでに示しています[1]。とはいえ、モニタリングがどのようなメカニズムでリーダーのパフォーマンス向上、ひいては公共サービスのよりよい提供につながるのか、また、どのようなレベルやフォーム(形式)でのモニタリングが適切なのか、という点に関してはいまだに解っていないことが多いです。
 グロスマンとハンの研究は、ウガンダの農民組を対象に、リーダーに対するモタリングの役割について分析しています。ウガンダでは、2000年代に全国で200程度形成の農民組合が形成され、各組合のリーダーはメンバーである農民の間から立候補・選挙を経て選ばれる、という「民主主義的な」構造をといました。彼らはこのうち50の組合におてサーベイ調査をおこない、リーダーの能力モニタリングの程度、共同体全体へのサービスの提供[2]、などを測定しています。彼らの主な発見は、リーダーの能力が高いと、平均的には組合全体の運営がうまくいき良いサービスが提供される傾向あるものの、会計監査等のモニタリングの程度が高く設定されている場合には、有能な人材がそもそもリーダーに候補しないがある、という点です。これまでの研究では、モニタリングの役割としてリーダーの職権濫用ぐという点ばかりが注目されていたのですが、モニタリングの存在は有能な人材がリーダーに就任する前の参入の段階でも影響することをこの研究は示しています。あわせて、民間セクターにもっと魅力的な雇用機会(報酬)がある場合も、有能な人材が組合のリーダーに参入しない傾向があることも報告されています。
 最近の日本では政治家やキャリア官僚によい人材が集まらない、という嘆き節がよく聞かれますが、その解決策としては、「ゆきすぎた」監視をしない、民間セクターに匹敵するレベルの報酬体系を提供する、といった点がこの研究の示唆するところといえるでしょう。特に、政治エリートに対するモニタリングを適切なレベルやフォームで設定するという問題は、今後もっと検討されるべき重要な研究課題だと思います。

[出典] Grossman, Guy, and W. Walker Hanlon (2014) “Do better monitoring institutions increase leadership quality in community organizations? Evidence from Uganda,” American Journal of Political Science 58-3: 669-686.



[1]  有名な論文としては、Besley and Burgess (2002) “The Political Economy of Government Responsiveness: Theory and Evidence from India,” The Quarterly Journal of Economics 117-4: 1415-1451.など。
[2] 組合メンバーがどの程度組合を通じて自分の農産物(コーヒー)を市場にだしたか、を指標として測定しています。この割合が高いほど、組合がメンバーにとっての公共財として機能している、という見立てからです。