選挙で選ばれた政治家が政策決定をするという意味での民主主義に対する失望や嫌悪は日本をはじめいろいろな国で聞かれます。しかし民主主義体制が世界の潮流となった現在、この政治のしくみをなんとかうまく使いこなすためのヒントを、「べき論」ではなく、比較政治学を中心とした社会科学における実証分析の蓄積から掘り出してきて一般の人に紹介しよう、というのがこのブログのねらいです。(1ヶ月に1回を目安に更新します)

2015年2月17日火曜日

情報公開のダーク・サイド?




 冷戦が終わった頃から、国連、世界銀行、IMFOECDど様々な国際機関がガバナンス向上のために政府情報の公開(政府の透明性)を進めるよう推奨しています。その論拠となっているのが、情報公開が進むことで汚職が減ったり、投資が進んだり、市民の政府に対する信頼や満足度が高まったり、というポジティブな効果です。しか情報公開が進むことが常に望しい結果を生むとは限りません[1]
 そうした懸念事項の一つが、議会や国際交渉においてなど、代表が交渉をおこなう場合、一般の人に公開する形(open door)にすると密室(closed door)でやるよりも上手くいかないいうものです。その理由は、議論の過程が開されていると交渉の席についている代表は民の間での評判を気にするため、一般受けする極端な立場をとりがちだったり、また、交渉過程で妥協の余地があっても一般の人に妥協したことがわかると評判を落とすことを恐れてもともとの立をとり続けたりということがおこり、結果として交渉が決裂しやすくなるからです。
 このような情報公開のーク・に関してはこれまで理論的な形では指摘されていましたが、実証的に体系だったものはあまり在しませんでした[2]うしたなか、ジェイムズ・クロスの研究は、ヨーロッパ連合(EU)の欧州理事会における約5000の政策案件を対象に、交渉過程の情報公開の程度と、加盟国の立場の乖離の程度との関係を統計的に分析しています。その結果、情報公開の程度が高い(議事録および各加盟国代表の投票が一般に公開されている)と、その案件における各国の立場がより大きく離れたものになる傾向が生まれる傾向をみつけています。彼の研究は交渉そのものが決裂するかどうかという点までには踏み込んでいませんが、代表による交渉ごとは、一般市民にその過程が公開されていないほうが上手くいくこともあることを示唆しています。
  情報公開にはこのような望ましくない側面があるから政府の秘密は守られるべきだということには決してなりませんが、こと代表による交渉に関しては、情報公開という意味での「民主的な政府」と、「交渉の成功」との間にはトレード・オフの関係がありそうです。 

(出典)James P.Cross (2013) “Striking a Pose: Transparency and Position Ttaking in the Council of the European Union” European Journal of Political Research 52: 291–315.



[1] たとえばKristin M. Lord (2006) The Perils and Promise of Global Ttransparency, State University of New York Press.
[2] 数理モデルとナラティブを組み合わせたものとして、David Stasavage (2004)  “Open-door or closed-door? Transparency in Domestic and International Bargaining,” International Organization, 58-4: 667-703.

2015年2月8日日曜日

直接民主主義はマイノリティーに厳しい?


 制度としての民主主義は、おおきく2つに分けられます。選挙で選ばれた代表によって政策が決められる代表制(間接)民主主義と、住民(国民)投票などで市民が政策を直接選ぶ直接民主主義です。世界の多くの国で代表制民主主義が採用され、それに対する失望が広がっている現在、直接民主主義を理想視する言説をよくみかけます。古代ネで始まった直接民主主義が人民による政治」の本家本元で代表民主制は共同体の規模が大きくなりすぎたために導入された「必要悪」といったような見方です。
 しかし、直接民主主義を理想視するのは拙速にすぎるかもしれません。ハインミュラーとハンガートナーによるスを対象とした研究はマイノリティーの保護に関し、住民による直接投票は代表制民主主義よりも「寛容ではない」結果を生むことを示しています。スでは、新規の移民に対して民権を付与するかどうかの決定権限は、その移民が居住する市町村にあり、ほとんどの市町村では住民の直接投票により決められていました。こうしなか、2000年代に連邦裁判所が直接投票による市民権付与決定の制度を違憲とする判決をし、過半数の市町村は議会において決める方式に制度変更します。ハインミュラーとハンガートナーは1400余りの市町村での制度変更前後の変化を統計的に分析し、直接民主主義(住民による直接投票)から代表制民主主義(議員による投票)への制度変化は、移民への市民権付与を50%上昇させたとしています。
 なぜ議員に決定権限をもたせると(住民が直接決める場合よりも)移民に対して寛容になるのでしょうか?この点について彼らは、議会事務局職員へのインタビュー調査などをもとに、「司法沙汰になった場合の懸念」を指摘しています。つまり、住民が直接政策決定に参加する場合は秘密投票なので、移民に対する偏見があるとしたらそれが「正直に」決定に反映されてしまいます。一方で、議員の間で同様な偏見があったとしても、議員の発言や投票は公式な記録として残るため、市民権獲得に失敗した移民が後日裁判所に訴えた場合には責任を追及されることになります。議員の間でのこのような予測がマイノリティーにとってより寛容な対応を生む、というわけです。
 代表制民主主義に代わるものとしての直接民主主義(住民投票・国民投票)の是非を検討する側面は他にもいろいろありますが、少なくともマイノリティーに関しては閉鎖的な政策につながるようです。


 (出典) Jens Hainmueller and Dominik Hangartner (2014) “Does Direct Democracy Hurt Immigrant Minorities? Evidence from Naturalization Decisions in Switzerland,” Stanford University Graduate School of Business Research Paper No. 14-38. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=2503141 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.2503141