選挙で選ばれた政治家が政策決定をするという意味での民主主義に対する失望や嫌悪は日本をはじめいろいろな国で聞かれます。しかし民主主義体制が世界の潮流となった現在、この政治のしくみをなんとかうまく使いこなすためのヒントを、「べき論」ではなく、比較政治学を中心とした社会科学における実証分析の蓄積から掘り出してきて一般の人に紹介しよう、というのがこのブログのねらいです。(1ヶ月に1回を目安に更新します)

2015年1月17日土曜日

選挙制度のスイートスポット?


 理想的な選挙制度ってあるんでしょうか?現在、小選挙区制と比例代表制(および日本の衆議院での選挙制度のような、両者の混合形態)が世界で使われている選挙制度の主なものです。小選挙区制は、1つの選挙区から相対的に多数の票を獲得した候補が1人だけ当選する制度、比例代表制は、1つの選挙区から複数の当選者をだし、政党に対し獲得した票の割合に比例して議席が配分される制度です。
 この2つのうちどちらを「良い」と思うかは、選挙制度によって何を実現したいのかにより異なります。実現したい目的としては、「代表」と「責任所在の明確さ(アカウンタビリティ)」の2つが一般的で、またこの2つはトレードオフ(二項背の関係にあるといわれていま。小選挙区制は比例代表制に比ると、責任所在の明確な政治になりますが、有権者の意見の代表という点では比例代表制には劣ります。一方で、比例代表制では政治の責任所在が小選挙区制の場合よりもわかりにくくなりがちですが、代表という観点からすぐれています。
 具体的には、こういうことです。小選挙区制のもとでは、例え2候補がいてそれぞれ51%と49%の得票だったら、51%をとった候補が当選しますが49%の票は(当選候補に回らなかったという意味で)「死票」となってしまいます。比例代表制の場合には複数の候補が当選するので、死票の割合は小選挙区制よりも少なくなります。死票が少ないということは、より多くの有権者の票が当選議員に回っているということなので、比例代表制のほうが有権者の意見をよりよく反映できる、「代表の程度がより高い」選挙制度といえます。一方で、比例代表制の場合には議席を得る政党の数が多くなりやすいので連立内閣が形成されることが多く、政治運営の責任がどの政党にあるのか有権者にとってはみえにくくなります。この点、小選挙区制の場合は二大政党制になりやすく(1)、そうすると内閣の構成も単独の政党のみになることが多いので、「責任の所在がより明確」な選挙制度といえます。
 要するに、選挙制度というのは「あちらをたてればこちらがたたず」という状況のなかで選択をしなければならない、というのが通説だったのですが、テニスやゴルフでボールを打つのに最適な場所を意味する「スイートスポット」が選挙制度にもある、という主張をしているのがジョン・キャリーとサイモン・ヒックスの研究です。彼らは、実証分析(2)をもとに、1つの選挙区から4人から8人程度の候補者が当選するタイプの比例代表制がその「スポット」だと主張しています。この場合、死票はある程度少なくなる一方で、政党の極端な多党化もおこらないので連立内閣に参加する政党の数もそれほど多くならず、責任の所在がある程度明確です。また、政府の財政赤字や国民が受けることのできる公共サービスのレベルでみても、このタイプの選挙制度のほうが小選挙区制・当選候補者数の多い比例代表制よりも優れている結果となっています。ひとつの選挙区からの当選者数は多すぎず少なすぎずという設定で票は比例的に議席に換算、というのが落としどころのようです。

(1) 小選挙区制では死票が多いことと、自分の票が死票となることをきらう有権者は上位1位、2位の政党以外には投票しなくなることの2つの要因でこのような効果があるといわれています。政治学では「デュベルジェの法則」と呼ばれます。
(2) 1945年から2006年までの81カ国における610回の選挙を対象に統計的な分析をしています。

出典
Carey, John M., and Simon Hix (2011) “The Electoral Sweet Spot: LowMagnitude Proportional Electoral Systems,” American Journal of Political Science, 55-2: 383-397.