選挙で選ばれた政治家が政策決定をするという意味での民主主義に対する失望や嫌悪は日本をはじめいろいろな国で聞かれます。しかし民主主義体制が世界の潮流となった現在、この政治のしくみをなんとかうまく使いこなすためのヒントを、「べき論」ではなく、比較政治学を中心とした社会科学における実証分析の蓄積から掘り出してきて一般の人に紹介しよう、というのがこのブログのねらいです。(1ヶ月に1回を目安に更新します)

2016年1月31日日曜日

政治におけるパワーシェアリングとは何か


 よい統治のためにはパワーシェアリング(権力の共有)が重要であると、政治学では半世紀以上にわたっていわれてきました。そしてこれが(机上の空論ではなく)実際にそうなのかどうか、多くの比較政治学者が実証分析をしています。
 しかし、そもそもパワーシェアリングとは何か、政治学者はもっとちゃんと考えたほうがよい、という重要な指摘をしているのがカーレ・ストロムらの研究です。彼らは、パワーシェアリングという非常に抽象的な概念に測定可能な定義を与えたうえで、これが民主主義の維持や武力紛争の防止に関係があるのかどうかを分析しています。
 彼らは、パワーシェアリングを(慣習ではなく)明文化された制度のレベルで捉えたうえで、なるべく多くの人・集団が政策決定に参加することを保証する「抱接型」、地理的な分権など、多くの人・集団に権限を分け与える「分散型」、そして、一部の集団の専政にならないよう権限を抑制する「抑制型」の3つがその構成要素であると提案しています。実際の制度としては、抱接型では、憲法で特定の集団に対して議席や行政ポジションの割当(クオータ)があるかどうか、軍隊に様々なタイプの集団が含まれることを規定しているかどうか、内戦後の和平協定で大連立の形成を規定しているかどうか、があります。分散型のパワーシェアリング制度としては、地方分権、地方自治体の首長が選挙で選ばれているかどうか、州・県などの地理的単位を代表する議院があるかどうか、によって測定しています。抑制型では、憲法が信教の自由を保証している、軍事は議員になれない規定がある、特定の宗教・民族を基盤とする政党を禁止している、司法審査の存在、憲法における判事の任期規定と司法権の明文化、を抑制型と捉えています。彼らはこうした操作的な定義をもとに、1975年から2010年の約180カ国におけるパワーシェアリングの制度に関するデータベースを作成したうえで、因子分析を用いて、これら3つの構成要素は実際に採用されている制度を分類するうえでも意味があることを示しています。
 これら3つのうち、(1) の抱接型の制度がパワーシェアリングの制度として一般的にイメージされているものですが、実際にはこれは内戦後の国において採用されることが多く、民主主義の国にはあまり存在しない、と報告しています。また、抱接型の制度は内戦後の社会においてのみ紛争防止効果がある一方で、抑制型の制度は、内戦を経験しているかどうかを問わず、武力紛争を防止する効果があるとのことです。
 この論文は、個別具体的な問題への解決策を提示できるタイプの論文ではないですし、実証研究では一般的な、因果効果を詳細に分析しているものでもありません。そういう意味でちょっと「地味」なのですが、とはいえこれはパワーシェアリングという政治を考えるうえでの根本的に重要な抽象概念を実証分析に落とし込んでいる、非常に重要な研究だと思います。また、全体的傾向としてみえてくるのは、抑制型の制度の重要性です。よい統治のためには、参加や分権よりも、国家権力の抑制が重要であり、政治学者はこの点についてもっと研究すべきだ、というのがこの論文の示唆するところなのだと思います。

[出典]Strøm, Kaare W., Scott Gates, Benjamin A.T. Graham and Håvard Strand (2016)"Inclusion, Dispersion, and Constraint: Powersharing in the World’s States, 1975–2010." British Journal of Political Science (published online).