ここ10年ほどの間に、アメリカを中心に「ファクト・チェッカー」(政治家を中心とする公人や公的機関の発言に対する事実確認をおこなう個人および団体)の存在感が増しています。アメリカでは、ワシントンポスト紙によるFact Checker[1],
フロリダ州の地方紙であるタンパ・ベイ・タイムズによるPolitiFact[2]、NGOが設立したFactCheck.org[3]などが有名です。最近ではヨーロッパ[4]やアフリカ[5]でも同様の動きが始まっています。これまで、政治に関する情報はジャーナリスト自身が正確に報道しているかどうかに関心が払われ、情報源の発信内容それ自体の正確さについてのチェックはあまり熱心におこなわれてこなかったのが実情ですが、その状況を一変させ、政治家の発言の真偽を俎上に乗せたのがこれらのウェブサイトです。
アメリカでは多くの人の注目を集めているファクト・チェッカーですが、その効果については賛否両論があるようです。例えば、ファクト・チェッカーのサイトを閲覧することで市民の政治的知識が向上するといった好意的なものから、政治的にすでに凝り固まった意見をもつ人は「間違い」を指摘する情報に触れてもその指摘自体を信じない、また、ファクト・チェッカーが存在するようになっても政治家の放言は継続している、といった否定的なものまで様々です。
こうしたなか、ブレンダン・ナイハンとジェイソン・レイフラーの研究は、フィールド実験(実際の生活の場における実験)手法を用いて、ファクト・チェッカーの存在が政治家の行動に与える効果を推計しています。彼らはアメリカの9つの州における州議会議員約1200人を対象に、2012年11月にあった選挙の数ヶ月前の期間に実験を行い、ランダムに割り当てられた3つのグループの対応の違いを検討しています。3つのグループとは、(1)不正確な発言をしたらPolitiFactによってそれが指摘される危険性があることを威嚇した手紙を受け取るグループ(トリートメント)、(2) PolitiFactには言及せず、政治家の発言の正確さに関する研究をしているという事実のみを述べた手紙を受け取るグループ(プラシボ)、(3)なにも受け取らないグループ(コントロール)、です。実験の結果、(1)のグループは、(2)と(3)のグループに比べると手紙を受け取ったあとではより事実に基づいた正確な発言をしていること、(2)と(3)のグループの間では特に(統計学的に意味のある)差はみられなかったことを報告しています。このような効果がみられるメカニズムとしては、政治家は再選のために悪い評判が立つことを嫌がるので、発言が正確であるよう気をつけるようになるからだろうと彼らは分析しています[6]。
NGOやマスメディアによる政治家の発言をチェックするモニタリングは、政治家のトンデモ発言を完全になくすことはできないかもしれませんが、少なくとも根拠のない放言を減らす効果があることはかなり確実なようです。日本でもこうした活動に取り組んでくれる団体やメディアが登場することを願います。
[出典] Nyhan, Brendan and Jason Reifler (2015) “The Effect of
Fact‐Checking on
Elites: A Field Experiment on US State Legislators,” American Journal of
Political Science, 59-3:628–640.
[1] http://www.washingtonpost.com/blogs/fact-checker/
[2] http://www.politifact.com/truth-o-meter/
[3] http://www.factcheck.org/
[4] https://factcheckeu.org/
[5] https://africacheck.org/